ライターは「自分のことを書くのが苦手」でも大丈夫!

ライター

ライターと一言で言っても、いろんなタイプの人がいます。ライターは文章を書くことで報酬を得る業種ですから、みんないつでもどこでも文章を書くのが好き、と思われがちですが、必ずしもそうではありません。

例えば、SNSとかで毎日のように近況を投稿する人を見て、「よく毎日そんなにネタがあるなあ」とか、「自分にはこんな長文を書けない」と思ってしまうこともあります。あ、私のことですww

こんな私でもライターとして生活しています。基本的に私は「自分のこと」を書くのはあまり得意ではありません。元々シャイな性格なので、自分をひけらかすことはあまり積極的にしないのです。

実はライター仲間などをみてみたら、そんな私みたいな人が意外と多いことに気づかされます。今回は、「自分のことを書くのが苦手」でもライターが務まりますよ、ということをお話します。

読まれる記事を書くのがライター

もちろん、自分のことを書くことで成り立つライティングというものもあります。小説家やエッセイスト、コラムニストなど。各種評論家なども、自分の意見を主観的に述べますので、自分のことを書くことが好きな人には適していると言えます。

ただ、世の中に出回る文章、というものは、書き手の主張を求められないものが実は大半です。例えば、何か調べ物をしたいと思ってネット検索をするとします。そこで得た情報に対して、読み手は、作り手に感情は求めていません。純粋に、知りたいことを知る、という目的だけ達成できればいいわけで、書き手がどんな思いでその文章を書こうが、正直どうでもいいことです。

ライターは読者が求めるものを書かないといけません。自分が言いたいことを書いても、よほど世間の要求に沿わない限り、見向きもされません。なぜなら、赤の他人にすぎないあなたには誰も興味関心がないから!それは次章で詳しくお話しましょう。

他人は自分に興味関心はない!

これ、ほんと現実なんですよね。SNSで近況を投稿して、たくさんいいね!をもらうのは嬉しくはありますが、いいね!を押した側にとっては特に重要な情報、というわけではないのが普通。別にどうでもいいんだけど、友達だから半ば付き合いでいいね!を押した、という経験がある人は多いのではないでしょうか。

繰り返しになりますが、特に誰が書いたかわからない無記名の記事の場合、読み手は書き手には興味はありません。たとえ書き手が体調を崩していて苦しみながら完成した記事であっても、読み手にとってはどうでもいい話。目の前の記事を書いた人に気遣ったり感情移入することはありません。

これが現実なわけですから、ライターは自分をさらけ出すことを求められません。Webメディアだけでなく、紙メディアでも一緒。毎日新聞を読みながら、これを書いた記者はどんな性格でどんな生活をしているかなど意識することはありませんよね。

よって、自分をさけだすことがおっくうな人でも、読者が望む記事を書ければ、ライターとして独り立ちすることは全然可能なのです。

まとめ

文書を書く仕事ですから、経験を積み上げていくと、おのずと文章を書くこと自体は好きになる、というのが実感です。ある程度の評価を受けるようになったり、稼げるようになってくると、文章力に自信がついてきます。

それでも、やはり自分のことを書くにはまだちょっと苦手というか、恥ずかしがり屋の性格が良くも悪くも表に出て、自分の意見を言わない一般論的な文体が、自分の標準になります。でもそれが結果的に、我を出さず、フラットで読みやすい文章を生み出しやすくなります。

そういう意味では、自己顕示欲が強く、時には他人にマウントを仕掛けるような人よりも、受け身で、相手の気持ちを推し量ってしまう人の方が、ライターには合っているような気がします。少なくとも、「読まれる記事」を書くライターなら。

自己表現が苦手でも、ライターとして十分やっていけます。むしろ自己表現が苦手だからこそできる表現がライターにはあり、奥深い世界なのです。

 

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