かわいそうだと思う人は、かわいそうだと思っていない件【ほぼ思い込み】

考察
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かわいそうな人、というのは、誰がどう見ても、不幸で、不運で、不遇で、哀れという言葉しか見つからないほどまで、人生のどん底にいる人、というイメージです。

そして、この人はかわいそうだなあ、と、感じる人が現れたとき、私たちに沸き起こるの感情は、優越感です

あの人は哀れだなあ、と思うことによって、その人と比較して、自分はマシだと思いたいのです。

別の言い方をすれば、他人をダシにして、自信が揺らいでいる自分の心を、安定させたいのです。

「かわいそう」という言葉は、他人の不幸を嘆き、哀れむという意味がありますが、一方で、その人ほどかわいそうではない自分を確認して、安堵できるという側面もあるということなのです。

かわいそう、というのは、あくまでも自分の主観に過ぎず、相手が必ずしも自分がかわいそうだとは思っていない、ということも十分考えられるのです。

不幸せそうに見えても、本人はそう思っていなかったりします。

むしろ、現状に不満はなく、幸せな日常を過ごしているとすれば、その人は、かわいそうでも何でもありません。

他人の一方的なイメージで、かわいそう、というレッテルを貼られているだけです。

冒頭に述べた、誰がどう見ても人生のどん底にいる人の場合は、社会的支援が必要であることは言うまでもありませんが、実は、ほとんどのケースでは、かわいそう、というのは、本人がそう思うか思わないかに関わらず、他人が、自分の主観のみで判断していることが多い、ということなのです。

かわいそう、とは、自分と他人との比較の中で作り上げている気持ちに過ぎないのです。

 

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