「お客様は神様です」。この言葉を悪用するモンスタークレーマーが多いですね。自分=神様とみなすのは実に心地よく、今この瞬間も気持ちよくクレームしている人が全国各地にいることでしょう。
「お金を払ってやってるのだから、自分が立場は上だ。神様のようにふるまえ」というのがクレーマーの深層心理ですが、彼らの主張を強化するようなフレーズがまさに「お客様は神様です」であり、まるで水戸黄門の印籠のように、相手をひざまずかせる強力なインパクトのあるパワーワードに今やなってしまっています。
しかし、これは全くもって謝った解釈です。結論から言いますと、この言葉は、
お店側にとっての心得であり、お客側にとっての心得ではない、ということです。
しかし現実は、モンスターと化した客が「俺はお前らより偉いんだぞ!神様なんだぞ!」と自分を権威づける都合のいい言葉になってしまいました。
今回は、なぜこのような誤解が生じてしまったのか、という背景を探るとともに、この言葉の主である三波春夫さんの真意もご紹介していこうと思います。
背景には「自己肯定感」の低さ?
本来なら、商品、サービスに対してお金を払う行為は、同じ価値のものを交換したことになります。よく考えてみれば、当たり前ですよね。
重要なことなので何度でも言いますが、店側が与える商品・サービスと、客が支払うお金の価値は等しいのです。同等のものを交換するからこそ、ビジネスは成立するわけです。
この原理で言うと、お客さんと販売者は対等の関係です。そこに上下関係は本来ありません。
なのに、「なぜお金を払っている自分は売っているお前より偉い。神様だ」という誤解が生まれてしまったのでしょうか?
私は、その真相は「自己肯定感の低下」だと思っています。
自己肯定感とは一言で言えば「ありのままの自分を認める感覚」のことで、「自己肯定感が低い」とは、この感覚が持ちづらくなっていることをいいます。自己肯定感が低いと、自分を認めることができず。自分の存在価値を低くみてしまっているがために、自分よりさらに劣る下の人間を設定することで、相対的に自分を上げようとします。
自分の欠点や他より劣っている部分ばかり注目され、自分のいいところや能力を自分自身が発見しにくい、というのが残念ながら日本社会に根強く残る陰湿な一面です。その環境の中で生きていると、自分に自信が持てず、どうしても自分より下の者を見つけて卑下することで心を満たそうとするのです。
何をしても無抵抗で平身低頭で接してくるお店の定員は、自分の価値を上げる格好のターゲットです。「お前たちのためにお金を払ってやっている」という正論を旗印にして、おごりが芽生えやすいのです。
「お客様は神様です」を誤解したモンスタークレーマーが生まれる背景には、こうした心理的な社会構造が深く根を指していると言えるのです。
三波春夫さんの真意
そもそも「お客様は神様です」は、昭和の国民的歌手・三波春夫さんの名言。三波さんの公式サイトを見ると、丸々1ページ、「お客様は神様です」に対するサイト運営側の見解が述べられています。
これは三波さんの発言が誤解されて世間に伝わり、勘違いされたままの解釈が一般化していることを憂慮してのことだと思われます。
サイトでは、「三波春夫にとっての『お客様』とは、聴衆・オーディエンスのことであり、客席にいらっしゃるお客様とステージに立つ演者、という形の中から生まれたフレーズ」と明言。「三波が言う『お客様』は、商店や飲食店などのお客様のことではないのですし、また、営業先のクライアントのことでもありません」とも念を押しています。
そもそもこの言葉は、地方コンサートにおいて、司会者とのやりとりのなかで出てきたもの。司会者の「今日のお客様をどう思います?」との問いに「お客様は神様だと思います」と返したところ、会場は拍手喝さいに。これを機に、2人の定番の掛け合いとしてコンサートで定着したそうです。
三波さんは生前、このように述べられています。
歌う時に私は、あたかも神前で祈るときのように、雑念を払って澄み切った心にならなければ完璧な藝(芸)をお見せすることはできないと思っております。ですから、お客様を神様とみて、歌を唄うのです。また、演者にとってお客様を歓ばせるということは絶対条件です。だからお客様は絶対者、神様なのです。
芸能の道を究めた三波さんの魂のこもった言葉です。
歌を届ける者=サービスを与える側、の心得として、コンサートの聴衆=サービスを受ける側(お客様)をあたかも神様のような尊い存在に見立て、磨き上げた芸を全身全霊で捧げるという姿勢が、この発言には貫かれています。
あくまでも自分を律して自分を追い込み自分の仕事に全力を挙げるための金言であり、お客の側が「自分は神様だ」と威勢を張るようなニュアンスは一切感じられません。
三波さんの長女・三波美夕紀さんはオフィシャルサイトの中でこう述べています。
プロとして歌を披露するためには自分自身を磨き、心身共に鍛えなければならないと、藝一筋に生きました。笑顔がトレードマークのような人でしたが、「いつも、人に笑顔を向けられる自分であること」を心がけていました。日常、腹の立つこともありますし、不愉快な思いもしますが、そのまま仕事に入ってしまっては良い舞台はつとめられません。ですから、心の持ち方のスイッチを切り替えて笑顔が出来るように、と努力していました。
これは、とても合理的な思考法だと思います。長年にわたり日本の芸能気に君臨し続けた三波さんのすごみを感じます。お客様を神聖なものとして捉えることで、舞台人へとスイッチが切り替わり、常に最高のパフォーマンスを心がけておられたことがわかります。
「お客様は神様です」の言葉の裏側に、このようなストイックな姿勢が込められていたのです。
まとめ
私は、三波さんのこの言葉こそ、広く世の中に知れ渡るべきではないかと思います。
われわれはいかに大衆の心を掴む努力をしなければいけないか、そしてお客様をいかに喜ばせなければいけないかを考えていなくてはなりません。お金を払い、楽しみを求めて、ご入場なさるお客様に、その代償を持ち帰っていただかなければならない。
お客様は、その意味で、絶対者の集まりなのです。天と地との間に、絶対者と呼べるもの、それは「神」であると私は教えられている。
この言葉には、日本人の商品・サービスの質の高さ、おもてなし精神の崇高さが見て取れます。何度も繰り返しますが、「お客様は神様です」とは、サービスを行う側(お店側)のための自戒の心得であり、サービスを受ける側(お客側)が発する言葉ではありません。
偉大な歌手・三波春夫さんの金言がこれ以上勘違いされることなく、正しく浸透することを願うばかりです。