少欲知足の意味とは?読み方は?シンプリストの暮らし方の基本です

シンプルライフ
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「少欲知足」という言葉、ご存知でしょうか?

ちなみに読み方は「しょうよくちそく」です。仏教から出てきた言葉です。

辞典にはこのように記されています。

すこしのもので満足すること。
「少欲」は持っていないものをたくさん求めないこと。
「知足」は足るを知るという意味で、持っているもので満足すること。
「欲少なくして足るを知る」とも読む。

出典:四字熟語辞典オンライン

さらにかいつまんで言いますと、

欲を少なくして足ることを知り
今与えられているものに満足する

というところでしょうか。

今回は、少欲知足について詳しくご紹介していきます。

そして、この四字熟語を取り入れた生き方がまさに「シンプルライフ」であり、シンプリストになるためのベースとなりますので、そのようなライフスタイルを目指している人にとっては必見の内容になっています。

 

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なぜ欲を減らす必要があるのか?

少欲知足は、欲を捨てろと言ってるわけではありません。あまり、いろいろな物を欲しがらず、現在の状態で満足することを勧めています。

欲望を全て、消してしまうのではなく、欲張らないで、与えられた現実を素直に受け入れるということ。

仏教は、「一度欲張り出すと、欲はもはやコントロールできない」という前提に立っています。というのも、欲望には「もっと、もっと」という求め続ける本性が内在していることを仏教は直視し、そんな状態に陥ることのないよう、先ずそれを止めるために「少欲・知足」という言葉をもって戒めとし、常日頃から欲を少なくする生き方を奨励してきたのです。

仏教では奪い合うほどの欲を「貪欲(とんよく)」といって戒めています。そして、欲望が膨れ上がらないための手段として、いまあるものに最高の喜びを見出す知足の思想をくっつけたわけです。

つまり「少欲」だけでは苦しいばかりの人生になります。欲を抑えることは不可能ですから。欲があるからこそ人間は成長し、自己実現に向けて生きて行けるのです。

よって「少欲」は「知足」とセットでないといけないのです。今現在のありのままの自分やその周りの環境や人間関係に満足感を得ることなく、ただ欲をコントロールしろ、というのはあまりに酷で、普通の人間には不可能のことなのです。

この「知足」については、あのお釈迦さまも述べています。今から2500年ほど前のことです。次章で詳しく見ていきましょう。

 

仏教が元になった「少欲知足」

少欲知足の言葉のルールをたどると、お釈迦さま(ブッダ)にまでさかのぼります。

お釈迦様の最後の説法の記録として知られる『仏遺教経(ぶつゆいきょうぎょう)』にはこのような記述があります。

足ることを知っている者は地べたに寝るような生活であっても幸せを感じている。しかし足ることを知らない者は天にある宮殿のような所に住んでいても満足できない。足ることを知らない者はいくら裕福であっても心は貧しい

「地べたに寝るような生活」は、はた目から見たらみじめでかわいそうに思えます。実際、ある国の王子として生まれ優雅な生活をしていたお釈迦様は、宮殿の敷地のすぐ外でまさに「地べたに寝るような生活」をしている人を目の当たりにし、この世の無常観にさいなまれ深く絶望するのです。そして宮殿を去り修行僧となる道を選ぶことになります。

たとえ「地べたに寝るような生活」をしていても、「命があるだけでも幸せ」という思いがあれば、その人は決して不幸ではないのです。「路上で寝泊まりできる体力があり幸せ」「お金がなくても生きて行くことができて幸せ」というふうに、自分に「すでに満たされていること」を次から次に発見できれば、幸福感はさらに高まります。

また、唐の時代の代表的な仏教僧で、西遊記に登場する「三蔵法師」のモデルになった玄奘(げんじょう)は「知足」をさらに踏み込んで「喜足(足るを喜ぶ)」と訳し、「少欲・喜足」としていました。このほうが本質をとらえた言葉ですが、一般には「知足」が定着しています。

いずれにしても、今ある状態を真正面から見つめ、その状態からいかに「素晴らしさ」を見出せるか?「恵まれている」と感じられるか?真の幸福は、今現在の自分のあり方の中に、すでに存在しているのです。

 

世界一貧しい大統領の金言

「少欲知足」を的確に言い表した名言を紹介しましょう。

「世界でいちばん貧しい大統領」と呼ばれたウルグアイのホセ・ムヒカ前大統領の、ある国際会議でのスピーチの内容が全世界で共感を与えました。

彼はこう述べています。

「貧乏な人とは、少ししか物を持っていない人ではなく、無限の欲があり、いくらあっても満足しない人のことだ」。

まさに、本当の豊かさについて、シンプルにからりやすく教えてくれています。

貧しいということは、物量の多少で決まるものでなく、精神的な問題であることがここでも示されています。

 

シンプリストの根本的な考え方と合致

いろいろな物を欲しがらず、現在の状態で満足すること。 欲望を全て消してしまうのではなく、欲張らないで、与えられた現実を素直に受け入れる。

この「少欲知足」の精神は、精神的にも物質的にも余計なものをもたず増やさず身軽に生きる「シンプルライフ」の根幹となる考え方にも合致します。

「少欲知足」は、経済成長期にあった社会では受け入れがたい考え方です。とても高尚すぎてストイックな生き方をイメージし、時代にそぐわなかったのです。

しかし社会が成熟期を過ぎ、これ以上の経済的な発展は望めない社会状況に入った今、欲に振り回されず自分らしい生き方を模索する傾向になりました。時代が追いついてきたというところでしょうか。

 

おわりに

これからの時代、「少欲知足」はダサいのではなく、賢く生き抜くヒントを与えれくれるキーワードになっていくのではと思います。

今自分がすでに満たされていることに気づき、幸福感を得られれば、新たに何かを欲し求めるという感覚は自然となくなり、物質にも執着しなくなります。そのような生き方、目指してみませんか?

 

 

 

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