40代引きこもりの本音をお話します!【引きこもりは個性。短所ではない】

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こんにちは、おかもとたかしです。

今回は、私の引きこもりについての本音をお話したいと思います。

今私は44歳で独身で実家暮らしです。まあそれだけでも「哀れな奴だ」とお思いの方はいらっしゃるかもしれませんが、「引きこもり体質」でもあります。

「引きこもり体質」という言い方をするのは、四六時中家にこもり続け一切外に出ないというわけではないからです。仕事のために外出することはありますし、遊びに行くことももちろんあります。

引きこもりというには、その人の特徴であり、個性です。これははっきりとさせていただきたいところです。

これから、具体的にお話していきます。

 

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私が思う引きこもりとは

私は元々が内向的な性格で、ひとりで家でじっと過ごすのが好き、という気質を持っています。

繰り返しますが、

 

これは気質であり、
短所ではありません。

かつては私も、内向的な自分=短所とみなしていた時期が長くありました。人生の大半はそうだったかもしれません。

人と関わらず家にこもるのが好き、って、人前ではなかなか言えませんよね。心配されるし、バカにされるし、人によっては軽蔑してきます。

引きこもりは本来は長所でも短所でもありません

この話は後半にするとして、すこし私自身の人生を振り返りたいと思います。

小さい頃は、同級生の子たちが外で遊んで野球やサッカーをしているときでも、家でじっとミニカーやビー玉で遊んだりしてました。ファミコンが登場してからは外で遊ぶことはほぼほぼなくなりました。

しかし学校というものは、クラスという集団を形成して学問を教わるシステムです。これは明治時代から変わっていません。集団生活のなかで人との関りを教わる場でもあるのが学校です。

元々集団に馴染みづらい自分は、人と同じことができないし、クラスの中で勉強の成績で優劣をつけられることに疑問を感じていました。

就職してからも同じで、やっぱり集団の中にいる自分に耐えられず、31歳の時に独立起業して「個人事業主」という道を選びます。

それからいろいろあり、今はフリーライター・ブロガーになりましたが、基本的に自宅をオフィスにしている生活を12年続けていまして、これはやはり「引きこもり体質」が影響したのは間違いありません。

人と関わるのを極力避けて、自分のパーソナルスペース(これ以上立ち入ってほしくない自分と他人との境界線)を確保してきたわけです。

このような人生を歩んできて、引きこもり体質とともに歩んできた道のりだったと、いま改めて振り返っても実感しています。

 

引きこもりを受け入れよう

私は人生を通して、引きこもりとは悪いことではなく、ひとつの個性であり、生きる上で採り得る立派な選択肢のひとつだと実感できるようになりました。

私は一応仕事もしているし、イベントなどに足を運び遊んでいますので、何らかの事情でどうしても外に出ることができず、家の中が生活のすべてになっておられる方からしたら、それは引きこもりではないとお思いになられるかもしれません。

しかし私は引きこもりの体質を持った人間であることと強く自覚していますし、何らかのきっかけによって、内にこもり一切外の世界をシャットアウトする道を選ぶ気質を持っていますし、実際にその可能性もありました。

先にも述べた通り、基本的に、集団でいるのが居心地が悪く、そのうち浮いてしまい、最悪の場合はいじめを受けることもあるので、人の輪に入るのを嫌がります。その気持ちは今も少なからずあります。

なので、引きこもることは、私にとっては「選択の結果」になるわけです。自分の意志で家にこもる道を選んだわけであり、私のような集団の中にいることにより生じるリスクを避け、メンタルが安定する選択をしてきた、というわけです。

私は自分が選んできたことには後悔しておらず、引きこもり体質であることを全く抵抗なく受け入れています。

繰り返しますが、私のような「内向的」な人間が、引きこもりという選択肢をえらびつづけてきたということ。

その結果として、私は40代になるまで独身で実家暮らしをしているのですが、その結果として人生で遭遇したかもしれない悩みや苦しみを避けることができたという点で、本能に従って生きてきたわけです。

「内向性」だと言われたらその人の「特徴」だとイメージできるのですが、「引きこもり」だと「欠陥」というマイナスなイメージが沸きやすいのも事実です。

しかし、引きこもること自体は、他人とのベストな距離を模索する中で選んだ手段であり、それ自体が良い悪いと判断されるべきものではありません。

「私は引きこもりです」と言ったら、「あなた大丈夫?」とか「いい年して情けない」というような批判も受けますが、私は私なりに必死に自分を守ってきたと思っています。

自分の弱い部分がはっきりとわかっているので、人との距離の取り方に苦心しながらも今日まで、生き抜いて来れました。

そして機は熟して、フリーライターとなり、外に取材に行く中で様々な方と出会い交流もできて、自分なりの社会とのベストな距離感、交わり方をつかめるようになりました。

私自身も年を重ねたことによって、私と出会う年少の方々が私にある程度のリスペクトを示してくださるようになったことが、若いころと明確に違う点です。

今私はとても充実していて、それまでの引きこもり生活は無駄ではなかったと思っているのです。

 

おわりに

引きこもりとは、生き抜くための手段であり、私のような内向的な人間が、自分を守るために選んでいる選択肢の一つなのです。

それについては善悪で判断されるべきではないと思います。

引きこもり体質という個性に気づき、その個性を尊重しながら充実した人生を歩むことは可能です。

引きこもりの方は、引きこもりであることを堂々と受け入れ、自分の気質に逆らわないで、自分に合った生き方を目指していきましょう。

そして、社会全体の引きこもりに対する理解も深まることを願っています。

 

 

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