ボーっと生きるときも必要ですよという話 何もしない時に磨かれることが!

ビジネス

「チコちゃんに叱られる」というテレビ番組が大人気ですね。普段あまりテレビを見ない私でも知ってるし、たまに見ても「なるほど~」と唸らせるような内容で、勉強になります。

そしてチコちゃんの決め台詞「ボーっと生きてんじゃねーよ!」は流行語にもなりましたね。

ちなみに、チコちゃんの「ボーっと生きてんじゃねーよ!」は、「そんなことも知らずに生きてきたのか??」というニュアンスですが、今回は、何も考えずぼんやりと生きていくことも時には有効です、というお話をしたいと思います。

人間は完璧ではありません。気力・体力には限りがありますし、年齢と共に確実に衰えていきます。そんな中で、「ボーっと生きる」という選択肢を最初から排除するのは、あまりにも生真面目過ぎて疲れてしまいます。

せっかくの流行語が誤解されて使われないためにも、ボーっと生きることの有効性を3つに分けてご紹介していきましょう。

 

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ヒマを持て余すことで得られるものがある

ヒマ、と言えば何もすることがない時間=非生産的な時間としてネガティブに捉えがちです。

アメリカ有力紙の報告では、ある専門家は退屈な時間は脳の情報を整理する時間になっていると指摘していること、また、神経科学や教育学その他の研究では、退屈してボーっとした状態になることで脳は身の回りの捉え方の再構築を行う、ということを伝えています。

すなわち、ヒマになることで一時的に作業のフローは止まっても、結果的には生産性や想像力をアップさせる、ということがわかっているのです。

ヒマを嘆いていても、体は休まり、何事も起きないことで心は安定しているわけですから、無駄な時間ではありません。もちろん年がら年中ヒマでも困りますが。

退屈な時間というものを、真っ向から否定しないことが大切ですね。

 

集中できないときにやってくるチャンス

集中できない時は、注意力が散漫になりがちですよね。

これに対し、アメリカの科学雑誌『Scientic American』に興味深い記事がありました。

私たちは疲れると集中できず、仕事に関係ない雑念をあれこれ考えてしまいますが、この「関係ないこと」が頭にある状態が、別の可能性や多様な解釈を引き出すことができ、イノベーションにつながる、というもの。

ある実験では、最適の状態ではないときの方が、洞察力を必要とする問題を多く解くことがわかりました。これは、洞察力は、既成の枠を外れたところで発揮されることが裏付けられました。「集中が途切れる」ことは、ポジティブな作用として「感受性が鋭くなる」ということになるのです。

「集中力がある」は〇、「注意力散漫」はXと安易に捉えることなく、両者は振り子のように交互に浮上するものとして、双方の時間ともに尊重するという考え方をとるのがよさそうです。

雑誌「NY Magazine」では言語学の視点から興味深い指摘をしています。英語の「attention(注意)」という単語はラテン語の「伸びる」という意味の言葉からきていて、「distraction(注意散漫)」は「引き離す」が元になっており、私たちには、この両面が必要だというのです。私たちはこの間を行ったり来たりしていて、時には混ざり合ってしまうこともあるとも述べています。

確かに、集中していた仕事の現場から離れたときに、いいアイデアがすーっと浮かんできたことはありませんか?仕事中にはいくら頭をひねっても湧いてこなかったようなことが。年がら年中集中できることはまずありません。集中力が切れて注意力散漫になったときにやってくる「チャンス」があることを認識しておきましょう。

 

先延ばしを真っ向から否定しない

よく、「先延ばし」はいけないという声を聞きます。今解決しずらい課題を未来の自分や誰かに「託す」、とう積極的行為と捉えることもできます。

ビジネスの世界では、成功する人の行動パターンとして「即断即決即行動」が大事、とよく言われます。確かにそれは否定しませんが、「じっくりと待って最後に決断する」という選択を最初から排除するのは賢明とは言えません。

物事の本質を見抜いてから決めて行動に移す、というやり方も、決して「遅すぎ」にはならず、むしろリスクを最小化する一面も持っています。

サンディエゴ大学教授のFrank Partnoy氏は、著書の中で「私たちにはそもそも決断力がないのだから、先延ばしすることによって十分検討する時間を持つべきだ」と語っています。決めることは「断つ」ことも伴うので、容易ではないということはなんとなくわかりますよね。

その前提に立ち、実際の行動や決断に移すまで、最大どれだけ先延ばしできるかを考え、その期限のギリギリまで待つことで、最善の意思決定ができると述べているのです。

 

まとめ

繰り返しますが、人間は完璧ではありません。

四六時中ビシッとしていることはできないです。

ボーっと生きることは、あなたの体が望んでいることなので、体のサインに素直に従えばいいだけです。

そして、見てきた通り、そんな時間も必要で、上手に有効活用することも可能なのです。

ボーっとせずに生きていられる人の方が珍しいです。たとえチコちゃんに叱られようが、ボーっとしたいときには、堂々とボーっと生きましょう。

 

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